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2017年12月10日 (日)

宇宙文明という自己欺瞞

地球のアセンションという、精神世界で話題になっているイベントにくらいついている若者が増えている。

アセンションとは地球の次元が上昇し、宇宙文明の仲間入りをするというものだ。

 

そもそも、宇宙文明といっても、色々ある。

多彩な展開をする宇宙文明にあって、必ず肯定的なものばかりではないということは

数々の研究によって考察されてきた。

それなのに、さも、宇宙文明は今の地球と違って宇宙に充満するエネルキーを自在に操って自然と調和して生活しているかのような楽しいことづくめのアピールが多い。

実際にそのように高度な文明を極めている宇宙生活者もいるに違いない。

しかし、その者達の一部が、地球に転生して地球のアセンションに使命感をもって

がんばっているというのはどうだろうか?

 

バシャールの影響からか、そのように、「自分は志願して地球を宇宙文明の仲間入りにする」

と決意したかのような錯覚や思い込みをすることも可能である。

そのように、現代社会の自分たちの力ではどうにもならない現状の避難場所としての「宇宙文明」幻想はいくらでも創作することが可能である。

彼らは、地球に同士を集めて光のコミュニティを作ろうと躍起になり、それに生きがいを求めようとする。

大志を抱くのも、理想を追求するのも、現状を変えようとしない若者にくらべればはるかにましだと言える。

しかし、残念ながら、彼らの夢の実現化には、克服すべき課題が幾つもある。それに対して、その実現化への方策は貧弱である。またネット社会の陥りやすい自信過剰傾向は若者ならではの特徴でもある。

取りあえず、彼ら理想とする宇宙文明の矛盾点を挙げてみよう。

 

①宇宙文明を実現するに必要な意識の進化について十分に語られていない。

実は人はそれぞれの進化度に相応しい環境を絶えず無意識のうちに選択している。多次元宇宙の考察からは、今の地球のみんながアセンションに参加できるのではなく、地球の生活を卒業する値する人がアセンションを選択している。

 

②地球の現実にはないエネルギーの駆使、マナ、プラーナ、とかいうものは、成熟した存在にしか使えないし、仮に使えた文明が存在したとしても、その存続は短い。

その点は、愛情の度合いが発達した人にしか使えないと言っている点は評価できるが、私にはワンネスに基づいた環境循環社会は、単に精神世界ブログの入れ知恵に過ぎないように思われる。

自分たちに、それだけの成熟度があるなら、本当に自分の住まいをいますぐにでも、他人に提供し、同居することができるだろうか?

ワンネスに元ずく共有社会は、相手に対する100%の信頼がないと成り立たない。

仮に宇宙文明がどれだけ精神性に優れたものであろうと、人類は一つであるというワンネスの意識は覚者以外になく、また覚者は自分の世界(宇宙)を構築しないという矛盾がある。

  ③自分は宇宙文明から地球を救うために転生してきたという自己欺瞞

 現実の人間はエゴに囚われ、動物としての本能に囚われ、六道に囚われ続けている。だから、精神の道の出発点は、そこにある理想やイデオロギーではない。そこにある期待や指導者、独裁者への依存ではない。現状の自分自身の把握なのだ。いくら使命感を持ったところでいったん地球に降りてしまえば波動が落ちて、現実と向き合わねばならない。それなのに彼らは、この地球に理想郷を始めましょうと言い、ポジティブなことしか言わないのは片手落ちである。

そこで問題になるのは、自分の「自己欺瞞」に気が付いていないということなのだ。ネット社会では色んなひとにメッセージを送れ、あたかも自分が大したことをしているような錯覚に陥ってしまう。そして「私はこれだけのことをしているから、他の人より優れている」という自己欺瞞である。そこに現実逃避が隠されている。

宇宙文明の生活をこの地球にももたらそう、そんなこと余計なお世話ではないのか?

 幼い地球でも、争いを通じて成長するし、困難を通さなくしてこころの豊かさなどあり得ない。真に宇宙文明化した人たちは、おそらく使命感もなにもなく、ただ地球の一生活者としてひっそりと暮らし、身近な人々に救いを差し伸べ続けていることだろう。

 蛇足

 

④ 高度な宇宙文明、4次元以降の微細な波動の非物質世界

 

それは、六道輪廻でいう天界の世界に相当する。天界では自分の肉体を持たず、性別もなく、神々の住む世界である。いわゆる文明化した宇宙人とこのことを指すのだと思われる。彼らはまだ、人間界に堕落する存在でもある。

 

その上の意識が本来の自己、ハイヤーセルフ、アートマンの常駐する世界である。しかし、この域に到達した存在は、もはや人間界に戻ることはないとされている。(おショー7身体の秘密から)

その上の意識がブラフマン、宇宙意識だ。

そこは個人として存在する世界ではなく、宇宙創造により一つの環境を提供する。それは愛というエネルギーを生み出す環境である。

言い換えれば、これは慈悲で満たされた世界そのもののことを指しているといわれる。

 慈悲は、達成とは無縁なものだ。本当の慈悲をもつ人には、自分が人に対して寛大なのか自分自身に対して寛大なのか確かではない。なぜなら、慈悲とは「自分のために」とか「彼らのために」という方向をもたないひとつのいわば環境としてそこにある寛大さだからだ。それは悦びで満たされている。おのずと存在する悦び、信頼を意味する悦び、そして測り知れない富と豊かさを含む悦びで満たされている。 慈悲とは豊かさの究極の状態だと言うこともできる。

2012.6.9ありのままの自分(1)過去ブログ記事参照}

 

その上の意識に至って非二元性、ワンネス、真如一如がある。

ワンネスを理解するということは、即ち理解したという自分もいない、覚醒した存在であるアートマン、宇宙の創造主であるブラフマンもないということである。

 

即色是空 空即是色

 

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