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2015年6月13日 (土)

結婚と自由(2)

結婚して、なおも自由でありたいことの矛盾

 

3つの真理が本当に理解されるなら、結婚するかしないかはどっちでも良い問題となる。

 

結婚するということは、相手を少なくとも自分の生きてる間は、縛りたい、籠の中の鳥に納めておきたいということだ。その鳥は籠から出て、飛び出すことを許されない。なぜなら、もし自分のところに帰ってこなかったらどうしようと不安になる。つまり、相手に対する100%の信頼がないということ、それはつまり、真に相手のことを愛しているわけではないということ。真に愛しているということは、相手のする全ての行いに対してYESと言えるということであり、その飛ぶ鳥の自由を喜ぶことができるということ。

 

自由を知っている人は愛に満ちている。そして愛を知っている人は、いつでも喜んで自由を与える。もしあなたが、自分の愛している人に自由を与えられないなら、いったいあなたは誰に自由を与えられるのかね?自由を与えることは、信頼すること以外の何ものでもない。

自由は愛の表現だ。だから、あなたが結婚しているかどうかにかかわらず、いいかね、全ての結婚は偽物だ・・・社会的な都合のよさにすぎない。結婚の目的は互いに自分達を閉じ込め、自分達を束縛することではない。

結婚することが目的なら、それは自分たちのお互いに束縛したがっているこころの現実と向き合わねばならない。その根底には、相手が離れて行ってしまうことに対する恐怖がある。相手をお互いに従順なペットにしあって互いが安心して暮らす生活は異様だ。しかし、私たちには相手に自由を与えるだけの信頼も、度量もない。

 

私たちはつまるところ究極の愛というものを知らないのだ。

 

それは私たちがお互いに100%の信頼を得ていないからこそ家族を必要とし、一人ぼっちの孤独(ロンリネス)のさびしさから逃れるために、一緒にいることの保証を国家から授けてもらいたいのだ。僕たちはお互いに束縛しあっていること、この現実に目をそむけ続けることはできない。束縛し合っているという現実が、いづれ不幸に行き着くからだ

 

私たちは3つの真理が理解できない、

もしこれらの単純な事実を理解したら、その時には、あなた方が結婚しているか結婚していないかは問題ではない。あなた方は一緒にいられる・・・互いの空間を許し合い、互いの独自性を決して妨害せずに。 (太字:OSHO)

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