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2014年8月15日 (金)

理不尽

世の中は理不尽に満ちている。

理不尽な社会、それを創っている理不尽な人たちのせいで

貧富の差がますます拡大していく世の中

日本はまだいいほうだ、と思ってはいけない。

人々の道徳観念が崩壊してきている

守られなければならないことは

儒教などの説く礼節を尽くす ということではない。

それは形骸化されてしまっている。

その先にあるもの その本質を理解していない人たちが多い

「このひとにどう言ったら、嫌がられるだろうか?

どうやったら喜ばれるだろうか?

自分だったらどうだろうか?」

自分にして欲しくないこと、言ってほしくないことを思い浮かべる、

想像するだけで、相手を傷つけるようなことはしなくなる。

相手はどう思うのか、感じるのだろうかという想像力が働かない人たちが

多くなったせいで、道徳が強調され、罰則、規則がさらに強化されるように

なった。その結果、人々は規則さえ守れば何をやってもよいと思うようになった。

規則は却って人を縛り付け、不道徳を招く。

規則そのものが愛情の不在だからだ。

そうして人は規則に逆らい、犯罪的になる。

便利な世の中が進行することによって、愛が不毛になってきた。

何かがおかしくなった。

きちんと愛されて育つ人たちが減ってきたのではないのか?

不毛な愛、家庭がちゃんと機能しなくなった

文明社会で生きる価値はなくなりつつある。

自分たちは、何を支えに生きていこうとしているのか?

いまこそ、ひとり一人に、問いかけられているのだろう

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随想録」カテゴリの記事

コメント

初めまして、理不尽と言う言葉に反応してお邪魔しました。
理不尽な社会や家庭が壊れていくのは戦後の解放の後、正しい指針を見出していないためです。だからと言って戦前は良かったという訳ではありません。それは誤った指針であったためにその社会は崩壊しました。
正しい指針とは私に批判的な人にも敬意を表し、その人の益になることをしようとの愛を持つと共に、限界を持つ人間は超えては成らないルールの範囲の中で生きるとの決心をすることです。
ルールとは工事中を示すバリケードのようなものでそれを越えていくと怪我をするのです。
http://kumaar.cocolog-nifty.com/blog &
http://ara.a.la9.jp 荒井好光

投稿: 荒井好光 | 2014年8月15日 (金) 21時39分

新井さま
コメントありがとうございます。
昨今、正当な民主主義が崩壊しつつあります。
ルール違反が怪我を招くのも困りものですが、
愛のないルール違反で他人に死をもたらすことが残念でなりません。それもその人の運命なのでしょうか?
まだ私は、世界を肯定的にみる心境に至らない未熟者です。

投稿: 翼猫 | 2014年8月17日 (日) 09時00分

誤った思いから他人を傷つける事件が日々伝えられています。これについては次のように捉えます。つまり、傷つけたその人が悪いのではありません。その人も犠牲者なのです。その人も他の人から傷つけられて心が傷ついているのでそのようなことを言ったり行動をとるのです。それは助けてくださいとの信号です。多くの場合その人を傷つけている原因は親が多いのです。つまり子供は親の愛情の中で初めて正しく成長するものですがその愛情が注がれなかったために心が自立できていない(傷ついている)人が多くいます。これが悲しい出来事の真実です。ですからそれに気付いた人は、そのような信号を発している人に、今まで当然受けられるはずだった愛情を代わりに注いであげなければならないのです。
http://ara.a.la9.jp/
荒井好光

投稿: 荒井好光 | 2015年4月 6日 (月) 13時54分

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