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2013年4月 5日 (金)

本当にひとりのとき

あるブログで、孤独について考えさせられることが書いてあった。

 心で思っていることが、その人の人生を支配するんだ。

人の中で感じる孤独や恐怖から開放される場所はどこだろうか?

誰かが側にいてくれたらと、そんな風に思うこともある。

けれども、本当は、ひとりになることなのかもしれない。

本当にひとりのときは、ひとりだということも忘れている。

  「もうすぐ自殺する人のブログ」より

なんとも、悟ったようなことが書かれてあった。

心で思っていることが、その人の人生を支配するんだ。

まったくその通りだ。しかし、そんなことを悟ってもいない私がどうして言えよう?

人生、思うようにならないと、いつも思っているではないのか?

思うようになっていないと嘆くひとは、自分がどういう思考パターンで生きているのか

冷静に観ることが必要だが、それがなかなかできないでいる。

人の中で感じる孤独や恐怖から開放される場所はどこだろうか?

その通りだ。私たちは、とどのつまり、ひとりになることを恐れて、いつも社会を作りたがる、群れに参加したがる。それは、自分ひとりきりになるのが恐いのだ。

かけがえのない家族のために生きたいと願う人も、その家族という支えがなかったらどうなるのだろう?

仲間はずれが恐いとか、世の多数意見に従いたいとかいう人たちの群れが社会をつくり、ルールを決める。それはあなたがひとりになるのが恐いので、従わざるを得ない。

自分がただしいかどうかは、群れのルールが決める。

誰かが側にいてくれたらと、そんな風に思うこともある。

いつも私の周りには誰かがいる。いてくれるという安心感が、ひとりの自分自身と向き合うことを後回しにする。孤独という自分に向き合うことがなければ、私は単に社会にあって、社会の中で群れて、社会情勢にいちいち反応するロボットだ。

あなたもわたしもロボットだ。ロボットは決して孤独を感じで寂しがることも、不安がることもない。

けれども、本当は、ひとりになることなのかもしれない。

ひとりになって、ひとりきりになることのの恐怖に打ち勝った時、そこに見えてくるものは何なのだろう?

本当にひとりのときは、ひとりだということも忘れている。

本当にひとりのときは、ひとりだという感覚がない、

つまりそれは?

彼が、まだ生きていることを願うばかりである。

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