« 2012年6月 | トップページ | 2012年9月 »

2012年7月

2012年7月 7日 (土)

ありのままの自分(5)

自分の貪欲を受け容れるということと、それに耽溺するということは違うのだ。

自分の貪欲さにに溺れてしまっている人は、自分自身のしていることに自覚が無い、自覚がないということは、その快楽や欲求に取りつかれているがために、それと一体になってしまっているのだということ。あなたは貪欲だ、あなたはいやらしい、それはあなた自身だ、いったんそれを受け入れたら、それを離れることが出来る。いや、それから離れようとして、受け容れる振りをするのがエゴの習性なので、自分の貪欲さを自覚し、受け容れるということはそんなに簡単ではない事がわかる。

まず、自分の置かれている現状を自覚するということ、「わたしはこういう人間だったんだ」と、それを善悪の評価を加えずに受け容れる。それからでしか、自分を変えていく事はできない。

「ありのままの自分」を生きることの必要性は、それが自分のエゴをそぎ落とし、自然の成長の流れに乗るための必然性でもあったのだ。

あなたは一体誰に、何を教えようとしているのか? 人に何かを教えることは、あなたは知らないが、私は知っているということで気分がいいし、それは自分のエゴを満足させる。その前に自分の今のありのままの姿をさらけ出すほうがよっぽど自然に近い。それを否定するあなた自身のエゴに気づかなければ一歩も前に進めていない。ただ、それに気づく過程で自分のエゴゆえの自負心はズタズタにされてしまうのだ。それが嫌で人は自分を絶えず偽り続ける。「私は少なくとも、あの人よりはましな人間だ」と‥‥。

貪欲なマインドに必要なのは、自分が貪欲だと理解し、それを受け容れることだ。無欲になろうとしてはいけない。貪欲なマインドに必要なのは、自分自身の中へ深く入り込んで、どのくらい欲が深いかを認識することだ。そこから離れるのではなく、そこにとどまる。理想‥‥相容れない理想、反対の理想に向かわずに、現在の中にとどまる。貪欲の中に入り、貪欲を知り、貪欲を理解し、絶対にそこから逃れようとしない。もし自分の貪欲とともにとどまれたら、いろいろなことが起こる。自分の貪欲、自分のセックス、自分の怒りとともにとどまれたら、あなたのエゴは溶解する。

太字:内なる宇宙の発見(和尚講和録:タントラ秘法の書①)

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2012年6月 | トップページ | 2012年9月 »