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2012年5月19日 (土)

悲しみの純粋なハート(1)

人間の中にもある「基本的な善良さ」とは、それが人の頭で考える善悪の基準を超えている。それは、良いとか悪いとかを判断する以前に、無条件で存在する。

「基本的な善良さ」が良いものであるのは、それが無条件のもの、根元的なものであるからだ。大空と大地がそこにあるのと同じように、それはいつもそこにある。

私たちのこの体も自然の法則にのって働いている。心も健全に世界を認識することができる。太陽や空がいつもそこにあるように、私たちの醒めた意識も、頭で考えるようになる以前に存在している。

一歩進んで、基本的な善良さとは何か?

と知りたくもなる。それは自分の所有物ではないけれども、人間が持つに値するものだという。それは自分の中のありのままの存在を許すということであり、それが自分自身への純粋な共感や思いやりを発達させることにつながるのだという。

自分の中の良さを発見する試みのなかで、また自分の精神状態と真正面から向き合うことによって、目覚めたハートを目覚めさせることができる。ハートを目覚めさせたら、自分の中の空間が空っぽであることに気づくようになる。そしてむき出しのハートで世界を見るとき、とても敏感になり、新鮮な感じがする。その空っぽのハートが満たされているという感じから「悲しみの純粋なハート」が生まれてくる。著者)

私は「この悲しみの純粋なハート」というものがよくわからないでいるが、この優しく悲しいハートの経験が、勇者にとって重要な恐れのなさを獲得するのにつながっているのだと著者はいう。

ほんとうの恐れのなさは優しさから生まれてくる。それは世界があなたのハートに、むき出しの美しいハートに触れるのを許すことから始まる。あなたは恥ずかしがったりすることなく、自分から進んでハートを開け放って、世界とじかに向き合う。(著者)

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