シャンバラの理念(4)
シャンバラの教えは、世界の人々を別の理念へと改宗させようとするものではない。シャンバラの理念の前提とはこうだー。
他人のために目覚めた社会を築こうとするなら、まず自分のなかに世界へ差し出すに値するものを見つけなければならない。だから、何はともあれ、私たちは自分の経験の中身を十分に吟味して、そこに自分や他人がめいめいの存在を高めるための助けとなるような、価値あるものが含まれているかどうか確かめてみなければならない。
まず、シャンバラの教えとは、共に目覚めた社会を築くことをめざしている。
次に著者は自分たちひとり一人のなかに、その経験のなかに良さがあるのだという。
たとえばこころに染み入る音楽に共感する能力とか、画家の描く絵にみとれてつい立ち止まってしまうとか、桜の散る光景に人々が自然に集まる、
美しい風景や自然、朝の光の中や山の頂きで吸う空気の味わい、冬の夜のしんとした空気の冷たさを肌で実感するところからくる、生きているという感触など。
自然のなかに美しさを発見できる人間は、その内面に「基本的な善良さ」があることを発見する。それは私たち個人ひとり一人が、日常のありきたりの生活のなかから発見する、共通して美しいと思うもの、そう思えるこころに善良さの基盤みたいなものを見いだすということ。言い換えれば「良心」という言葉が私にはぴったりくるのだが。
生きているのは基本的に善いことだという、その良さを自分のなかに見つけられたら、他人の人生も良くすることができる。私たちは、たとえどんなに自分を見失った状態でいても、決して「良心」だけはずっとこころのなかに住み続け、それが雲隠れしたりするだけなのだろう。いわゆる悪い人というのも、既に存在している「良心」を見つけられずにもがいている惨めな人であるのだという解釈がなりたつ。いわゆる悪い人という言葉は、ここでは、エゴという人間の心に翻弄され、善悪の区別をつけている知識人のことをここではいっております。
良心 は人が生まれながらに携えてきた。それを通してひとはお互いのために生きるのが基本なのだと思う。しかし、それを久しく曇らせてしまう時代が長く続いているというのが実情のようです。
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コメント
翼猫クンさんのブログ楽しくて結構チェックしてるんですよ(≧▽≦)実は読者なんです(笑)普段はあんまりコメントとかしないほうなんだけど(照)見てるだけなのもアレかなって思ってメッセしてみました(笑)
投稿: まりこ | 2012年2月 8日 (水) 21時14分
まりこさん。
いつも見に来てくれてありがとう。
できればどんな内容の記事が良かったか、またきかせてね。
投稿: 翼猫 | 2012年2月19日 (日) 18時15分