実存の深みに(6)
自我は世界を作り出す。
私たちは、関係性の中で生きている。もし、私たちが無人島で独り取り残され、そこで何日も過ごさなければならないとしたら、そのうち私たちはいろんな幻想を抱き、そこに人がいるかのような錯覚に陥ってしまうだろう。そこでは気が狂わなければ、自我を保って生きていくことはできないのだ。
私たちは、お互いを必要とする。そして、このことが私たちを本来の私たちの実存(神の一部)から遠ざけてしまう。
執着がなぜいけないのか?
それは私たちを不幸にするからだという。
それまで依存していた人たちが亡くなったり別れなくてはならなかったりして、それまでの幸福から、不幸のどん底に突き落とされる。そこからまた、似たような依存対象を捜し続けて、ひとは依存相手を見つけるまで幸福にはなれない。
自分の内側を見つめ、あなたのどんなあり方が、自らを世俗的にしているかを見定めなさい。覚えておくことだ。あなたを世俗的にしているのは他人ではない‥
あなたは父親や妻に抱いている執着という感情のせいで、世俗的になっているのだ。
世俗的にならないことが、夢や幻の世界をつくらないことになる。
それは生まれては死んでいくこの有限な世界からの卒業という事になる。
「宗教とは、あなたの意識の変容だ」
自分が変わらなければならない。そして、物事の執着から離れていければいけるほど、真実の世界が開けてくる、人は自分自身の何物かを知るようになる。神の側にいられるようになる。
独りあることの至福を体験することができるようになる。それまでは、他人の言動一つ一つに喜んだり悲しんだり、傷ついたりして生きていかなければならない。
‥あなたは、自分だけが存在し、ほかには誰もいない中心へと、向かわなければならない。
そしてこの中心は素晴らしい。この中心を体験する人は、大洋の深みを体験するだろう。
(太字:和尚)
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コメント
物事の執着から離れていければいけるほど、
真実の世界が開けてくる
おのずと、そのようになってゆくのでしょうね
自分が何者かを知るように…
ありがとうございます
投稿: ponsun | 2011年8月21日 (日) 08時09分