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2011年3月 5日 (土)

群衆から個性へ(4)

私たちは単なる物知り、知識人であってはなりません。他のひとよりたくさんの情報があるとか、より物的に勝っているとか、博識であるとかが個性的なのでは決してありません。

自分の感性を磨き、自分自身の「核」を絶えず意識して、その節々の体験のなかで、自分なりにどのような問題意識を持って、どのように気づいたのかが、そのひとを個性的に創り上げる唯一の手段なのです。

自分のことは、自分に聞けばいいのです。そのきっかけを与えてくれるのが他人であり、社会なのです。良い意味での個人主義とは、相手と比較し、競争するのではなく、いかにして自分自身の物差しを持ちえるのかということです。

私たちは、群衆という社会的存在の「誰でもない一生活者」から、個性化した「誰でもない神の代弁者」を目指さなければけっして永遠の存在に気づく事はできないのです。

この世界で個性化した自分が目指すものは、「かけがえのない人間」であり、神的な永遠の真理であり、永遠の自己存在です。個性化はそうした魂を見つけ出すための、永遠の真理へ至るための窓口であり入り口もあるのだと思います。私たちは今、気づこうと気づくまいと、誰もが「個性化」へ向かう人間として生かされているのではないでしょうか。

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