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2011年2月14日 (月)

群衆と個性(8)

私たちは単なる「誰でもないどこにでもいる一人の人間」として、群衆の一員として生まれてきました。けれど、それだけではまだ「魂‥的存在」ではありません。私たちは一人ひとりがこの「魂の種」を花にまで育てるためにしていかなければ、真に魂として存在せず、そこにまで至らなかったことをいずれ後悔するものだと思っています。

この自然が私たち一人一人に与えてくれた「魂の種」に感謝し、この人生でそれを育てる義務があります。それは私たち自身が本来の自分に沿った生き方でもあるからだと思います。

情報に埋もれることなく、それを自分のために活用していきましょう。

それは自分が自分でいるために、そして自分自身に成るために必要な時間なのだと思うのです。そこにこそ「魂の開花」があり、そこに永遠の至福と神秘が隠されているような気がしています。

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