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2011年1月24日 (月)

群衆と個性(4)

主体的とか受動的とかは、人生のバランスを考えたとき、どちらも必要です。ただそれが、暇をもてあましている人、他にすべきことがあるのにそれに取り組まないでいること、そして自分の人生に真摯に向き合わない人たちにとって、これら娯楽情報や番組はとても大切な生き抜きのような気がします。

人生、生き抜きはときには必要です。しかし、いつも生き抜きばかりしていては、自分というものの歩むべき道筋がわからなくなり、ますます群衆の一人として人生を終えていかなければならなくなります。

群衆として生きていくのもそれなりに楽しくて悪くはないと思いますが、それでは、自分が自分として、生きている実感というか、感動する機会がそれだけ減ることになります。私たちは少なくても、自分が絶えず意識的に生まれ変わる経験のなかで、感動し、自らが自己更新していくという自覚のなか、自分自身でいることの喜びを味わうために生まれてきた存在です。

それを忘れて他人の幸や不幸に振り回されて生きていくことの無意味さにいつしか気づくことになります。

そうすると、いつも自分自身でいることが大切ですが、その自分自身でいるためには、成るべく「自分で体験し、その節々で何かに気づく」ことが大切なことのように感じています。そして、その時にしか、天からわたしという個別の存在に「真の知恵」が授かってこないのではないでしょうか

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