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2011年1月19日 (水)

群衆と個性(3)

私たちは、テレビの娯楽番組やニュースなどにかじりついて、世の中の動きばかり追い求める結果、自分の楽しみが個人主体ではなく、他人依存であることが多いことに気づかされます。

見知らぬ芸能人やらスポーツ選手やら海外の有名人やら珍事件やらに興味を抱かさざるを得ない娯楽情報番組を見なければいられない自分とは何なのか、その自分を見つめ直す必要に迫られています。社会の動きに影響され、世の常識にとらわれ過ぎて、自分自身が見えなくなってしまっている恐れがあるのです。

テレビ番組は、それを観る人たちの受動性が色濃くあらわしています。インターネットでは、その点自分で自分の必要な情報を捜しに行くので、主体的と言えます。ただ、ネットでの情報によって身に付けた知識というものも、結局は借りものに過ぎないといえます。

私はそのネット社会の危険性を感じつつも、なおも主体的に生きる術を自分で実践することを勧めます。

自分自身の真の知恵とは、外から与えられた情報や知識などからは決して得られないことを少なからず理解しています。では、真に知恵が下りてくるのはいつなのでしょうか

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