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2010年11月 6日 (土)

精神の物質主義(2)

精神的な道への渇望は、世間の苦しみと混乱から出発して、その源を探りたい、そしてそこから抜け出したいと思うことからはじまる。しかし、自分のエゴは、てっとり早く一時的な避難所を作り出して、そこに自分の家を築きたいと思ってしまうのだ。なぜなら、精神修養の道のりは長く遠い道のりに感じられてしまうからだ。それというのも自分のエゴがこの混乱した世界に完全に飲み込まれ、それが存在しうる唯一の世界だと思い込んでしまうところにある。

エゴは混乱すればするほど、そこを隠れ蓑にして継続的な自分を維持しようと努めるからだ。エゴはこのように複雑で混乱した世界の住人でいることを常にのぞんでいる。

しかし、世界の真にリアルな実相は、シンプルなものであると思う。それは雲のない晴れ渡った空であり、果てしなく広がる「空」そのものではないだろうか?それは永遠であり、無時間的な性質のものなのだという気がしている。というのも、私たちが時間を意識するのは何もない空に雲が発生し、前面にさえぎり出したときからだということ。

雲が流れ始めたその瞬間は雲が発生すると同時であり、そこから時間が動き出したのではないだろうか? もちろん、これはひとつの喩えに過ぎないのだが。

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