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2010年8月25日 (水)

真善美(11)

善悪を超えて(3)

私たちは、輪廻する時間と空間のこの世界に何の疑問もなく生かされているが、その法則の支配下に生きるということは、自分で何をしたら幸せになれ、何をしたら不幸になるかをよく知らないということでもある。それは不自由以外の何者でもない。この世界の因果の法則を理解する過程は、この世界から解放される過程でもあるように思う。それは、自分がこの世界の中で如何に生き、限りある人生のなかから、いかにして不滅の

意識を、時間と空間に縛られない意識を取り戻すかということに関わっている。

束の間の人生が、幾つもの生を結び合わせ、それらが繋がっていくとき、ひとは自分の意識の拡大する爽快感とともに喜びをもたらす。と同時に、それは束の間の人生からの解放と自由の獲得でもある。

もし私たちがこの輪廻する世界に身を置かないことを希望すればそれも実現するかもしれない。しかし、そうなるまでに、人は多くの苦しみをこの世界で味わい、そこから気づきのための学びをしなければならないのかもしれない。

いや、ただ苦しむことのなかから、一体何を学ぼうというのだろうか?

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