« 和尚(5) | トップページ | 真善美(1) »

2010年6月 5日 (土)

和尚(6)

今の私にとっては覚者からは、たとえ幻想の世界といわれようが、ここが現実であり、相変わらず独りではいられないし、淋しい存在であるということです。

私たちは言葉だけの理解として色々な情報を得ていますが、本当に必要なのは単なる情報ではなく、自己意識の変容です。真に自分を変える知識こそが知恵となるのであってそれ以上ではありません。

言葉の上の理解が無意味なように、私はわからないことはわからないこととして、講和録で述べられたことをこれからの日毎の経験の中から、ひとつひとつを抽出して自分自身の言葉として噛み砕いていかなければならないと思うのです。

私たちは単なる知識人であってはならず、いつも無知で謙虚な子供であるという自覚が必要なのであり、それがもっとも覚醒に近づく遠くて近い最善の道のりであると信じています。

そして、これからも影響を受けて気づいたことは書いていけたらと思います。けれどこれは、基本的に和尚の言葉から自分が感知したことを書くのであって、これを読まれる方が、それぞれに和尚の翻訳本を手にとって自分自身で読まれることをこころより願ってやみません。。

|

« 和尚(5) | トップページ | 真善美(1) »

和尚」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/483880/35067441

この記事へのトラックバック一覧です: 和尚(6):

« 和尚(5) | トップページ | 真善美(1) »