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2010年5月19日 (水)

和尚(2)

1974年、ボンベイのプーナにラジニーシのアシュラムが建設されました。毎日の定期的な瞑想や個人面接、講和などを主にやっていました。

1962年にカリフォルニアに、ニューエイジ系の人たちが集まってサイコセラピーの実験場であるエサレン研究所がつくられました。この研究所の人たちとラジニーシの修道場とは盛んに交流が行われ、西洋のホリスティック心理学の流れが加速しました。ボディワークや心理療法、グループセラピーなどを取り入れたこの道場は、心の癒しを求める現代人にとって瞑想をより身近なものにしていたと思います。

この時期、トランスパーソナル心理学の発展もラジニーシの存在が大きく影響していたと思われます。

ここでトランスパーソナル心理学とは、マズローをなど人間性心理学とCGユングのユング心理学が融合したものといわれています。それは個人を超えるという意味で超個心理学ともいわれます。トランスパーソナル心理学会はこのマズローと同じく人間性心理学会をしていたトニー・スティッチ、ホロトロピックセラピーを開発したスタニスラフ・グロフが加わって最初にアメリカで確立したとされています。

ところで、人間にはマズローのいう自己実現の欲求があるけれども、それが最高ではない、個人というものを超えて自己を超越したいという欲求があるとも説いています。もっとも、禅ではそのような欲求があったら決して個人を超越することはないといわれそうですが。

この自己超越ということがインド思想のアートマン、ブラフマンと結びつき、「宇宙意識」という概念で語られるようになりました。しかし、最終的には「空」概念、すなわち禅でいわれるところの「無」というのが究極の真理であるといわれますが、残念なことに「無」の境地から世界や人生について語ることは永久にできそうにありません。

1981年、和尚はアメリカに渡り、和尚のサニヤシンがオレゴン州にコミューンを築き、そこに和尚を招きました。

和尚のエサレンでの活動は、彼の個人秘書とコミューン管理者とのトラブルに巻き込まれ、それは和尚を快く思わない米政府の格好の迫害の標的とされた。

さらに、政治的な絡みから彼をうとましく思うキリスト教原理主義者たちから攻撃を受けることになる。

1987年ワールドツアーから戻った和尚はインド政府からも干渉を受けました。しかし、プーナを訪れるサニヤシンの数は日毎に増えていき、サニヤシンたちによって彼は「バグワン」から「和尚」と呼ばれるようになった。

1990年和尚は肉体を離れましたが、それまでに話した数々、その講和録は今も世界で読み継がれています。残念なことに、和尚を日本で取り上げる人はあまり見受けられません。もっと多くの人が和尚を知り、その言葉の数々に感動してもらいたいと思っています。

参考文献:和尚の超宗教的世界(社会評論社)

     トランスパーソナルセラピー入門(平河出版社)

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