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2010年4月 2日 (金)

家族について(8)

和尚は結婚をゲームのように気楽に受け止めればあなたは自由でありえると述べています。

好きな人と一緒にいたければしばらく暮らしてみようという試みはすんなり叶えられるし、それで相手と一緒にやっていけそうなら続ければいい。気持ちが離れればしばらく距離を置いて別々に暮らせばいい。そういう気楽さが今の結婚制度にはないと思います。このことは生涯一緒に暮らしたいという人がいれば、そのことを否定するものではありません。困難なことは、愛情が醒めているのに「誰かがいないと寂しい」という理由で結婚生活を続けている場合のことをいっているのです。

結婚制度は、子孫を残すことにつながっています。子孫を残すことのために結婚があるといっていいと思います。けれども子孫を残すことに両親は必要でしょうか。

子供は親の所有物ではありません。自分の分身ではありますが、子供の人生は尊重されるべきものです。両親だけの世界観、価値観によって子供の将来の可能性を狭められる理由はありません。学校教育があるといわれそうですが、子供にとっての生活の場はもっと広げられるべきです。殆どが親の影響から、またそこから抜け出すのに時間を要しています。いちばん感受性のある幼い時期に色んな大人たちから学ぶ機会を持つべきだと思います。両親の都合で離婚されたりすると、どちらかにつかなければならなくなる子供はいい迷惑です。

一人の異性に固執するあまり、嫉妬という問題も、今の結婚制度にはあります。

結婚制度のせいで、世の中風俗産業が必要になってしまったのです。男性的心理の本音は多くの異性と関係を持ちたい、女性的心理の傾向は、一度に一人の異性とだけつきあいたい、そして私たち人間は、男でもあり女でもあり、ただどちらの性質がより強いかという程度の差です。純粋に男性的な男性とか女性的な女性というものは存在しません。私たちは両性の間から生まれたからです。

私たちはより一方の極性の男性として、また女性として生まれてきました。そして、一生につきあっていくだろう異性に固執し、依存につながってしまうものとして現在の家族制度があります。

結婚制度とは、お互いに依存しあう関係を助長するものといえます。私たちの殆どはこの制度にしがみつかなければやっていけないのが現状ではないでしょうか。しかし、また、しがみつかなければ生きていけないほど、私たちは不自由な存在であったことに気づいてはいません。なぜなら、私たちは常に誰かの支えを必要としているからです。物理的な支えならお互い様でしょう。ただ、私たちは特定の誰かに依存しきってしまっています。そうでなかったら、独りでいるのが寂しくてつらくて悲しくて、いつも誰かにしがみついていないと、不安で仕方がありません。この私たちの心理的依存の傾向が、自分の、自分自身の人生を縛ってしまっている現状にあっては、今の結婚制度はなくてはならないものなのです。しかし、そのために闇に追いやられてしまった動物的性としての欲求はいつしか、不自然な形でそのはけ口を求めなければならなくなったのです。

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