« 自由(7) | トップページ | 値打ち »

2010年2月 5日 (金)

自由(8)

これまでに社会が発達してきた方向は「物質的に豊かになる」ことであった。

物質的に豊かになればなるほど、物に対する執着心が際限なく沸いてくる。しかし、身の周りにいくら物が満たされていても、何かが足りないと思う。それは目に見えない「精神的」なものである。私たちはそれが何なのかよくわからない。そのために、周りの人間に対しては支配しようとする、権力欲、異性を自分のものにしたい、相手は性欲を満たすための道具に過ぎない、動物的本能などで代償を求める。一時的にそれは叶うかもしれないが、こころの奥底の魂は決して満たされることができない。

私たちは、この足りない何かを満たすための方向づけ、努力をしてこなかった。

宗教も、権力者の覇権のもとに組織化されたものになってしまっている。

いまこそ悔い改めるべき時がきた。

和尚はいう。

「悔い改める」という言葉は、実際には引き返すこと、内へ向かうこと、もどることを意味する。つまりそれは帰ること‥‥ 自分の本来の姿を取りもどすということだ。「悔い改める」という言葉はメタノイアー回帰すること、百八十度の転回を意味する。

外に現れた現象だけを見て、それに振り回されてはいけない。

あなたが自分の意識の内側へと向かわなければならない。

|

« 自由(7) | トップページ | 値打ち »

随想録」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/483880/33264341

この記事へのトラックバック一覧です: 自由(8):

« 自由(7) | トップページ | 値打ち »