« 大空への旅路(5) | トップページ | 大空への旅路(7) »

2009年10月10日 (土)

大空への旅路(6)

問題はあなたの捉え方だ。

澄んだ目、空っぽの思考、そして空っぽの形こそが、

形なきものと関わることができる。

形なきもの、その暗喩として

大空がある。大空は形などない

そこには執着するなにものもない。

わたしたちは光と影の織りなすこの世界で

マインドと思考の共同作業によって

楽しいことも幸せなことも味わってきたが、

同時にふしあわせなこと、つらいことや悲しいことも

たくさん作ってきた。

それは形あるこの世界にいる限り

仕方のないことであると

私はそう思うまでに

かなりの時間を要した。

この世界は光と影の織りなす遊びの世界

それに惑わされて、それに深刻になり

それに執着し、変わっていくものに対して

変わらないで欲しいと、苦しみばかりをつくってきた。

この世界は絶えず

移り変わっていく世界。

そのことを忘れかけたとき

不幸の始まりがある。

だから、大空に恋焦がれるのは

いいことだ。

正確には大空に恋焦がれるのではなく

大空という自分自身の生まれ故郷に

深い憧憬と、感謝を抱きながら

大空に祈りをささげようという気持ちになる。

もう一度いわせてもらおう。

大空は私たちの生まれ故郷であり、

永遠の泉なのだ。

それは幾多の雲を作りだし、そして消滅していく

ひとつのフィールド、

和尚によれば空っぽのスクリーンだ。

太字「シャワリング ウイズアウト クラウズ:OSHO市民出版社」より

|

« 大空への旅路(5) | トップページ | 大空への旅路(7) »

」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/483880/31726376

この記事へのトラックバック一覧です: 大空への旅路(6):

« 大空への旅路(5) | トップページ | 大空への旅路(7) »