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2009年9月

2009年9月26日 (土)

大空への旅路(4)

お金であろうと、異性であろうと、権力であろうと

それが何であろうと、あなたがそれに価値を与える。

その内側の思考が続く限り、本当の自分はみえてこない。

本当の自分とは何か?

それは女性の覚者サハジョの云う

「沈黙と雲ひとつない内なる空」

俗世間は自分の思考活動から成っており

それは、宝石に価値を与えるのが人間だということ

他の動物は宝石に貴重な何かを感じたりするだろうか?

骨董品に値打ちがあるのは、それに自分が貴重であると賛同するからに

他ならない。

けれどそれが自分の欲求の一時的な満足を得られるかもしれないが、

それが自分の永遠の生を約束してくれるわけでは決してない。

本当に価値のあるものとは何か?

それは永遠性の付与されたものであり、

過去、現在、未来に関係なく

変わらなく、存在し続けるものではないだろうか?

何をばかなことをとあなたは思うだろうか?

それまでに自分が大切にしてきた友人や恋人が

ある日突然いなくなってしまったら

あなたは、この俗世界に、虚しさを感じたりはしないのだろうか?

ひとは、自分が計画した通りの死を迎えることはまれである。

明日、自分が死ぬかもわからない、そんな不安をわきに置いて

毎日を生活している。

そんなあいまいな世界に

執着するどれほどの値打ちがあるのだろうか?

永遠につながっているもの、

形なきもののなかにこそ

本当に求めるべき値打ちがあるように思えるのである。

そして、それは自分自身の永遠の存在捜しと重なっている。

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2009年9月20日 (日)

大空への旅路(3)

大空は私たちの故郷であり、永遠の泉なのだ。

和尚によれば、雲ひとつない大空とは

空っぽのスクリーンを指している。

私たちは、そのからっぽのスクリーンに

いつもなにかしらの想いを敷き詰めている。

それは私たちが見上げる

空に浮かぶ雲のようだ。

さまざまな形をした雲たちに

七色の光が当たって

光と影のカラフルな光景を織りなしている。

私たちがこの世界に

この外の世界に想いを寄せている

数々の執着物は、

自分の内なる空に浮かんだ雲の投影に過ぎない

ということがいわれている。

マインドの中の思考が空っぽになったら、

外側の世界は、消えうせる。

外側の世界は、あなたの思考の投影に過ぎない

雲ひとつない心の内側の空っぽのスクリーン‥

それがあなただと言っている。

太字「シャワリング ウイズアウト クラウズ:OSHO市民出版社」より引用

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2009年9月12日 (土)

大空への旅路(2)

‥だれひとり、この地上に属する者はいない。

私たちはそれに属しているように見えるし、

そう感じたりもする。

だが本当は、大空に存在している。

私たちの本質は、大空に属している。

私たちが空を見上げて、気持ちが良くなるのは

私たちが、本来は大空のものであったからなのだろう。

‥肉体とは、大地のことだ。

肉体は大地から作られている。

あなたは大空から作られている。

このふたつが、あなたの内側で出会う。

私たちがこの世に生を受けるとき、その肉体は

地上の物質で作られる。

けれども、私たちのたましいは、

大空から作られる。

私たちが空に憧れるのは

それがひとり一人の魂の

生まれ故郷だったからなのだろう。

一説によれば、

私たちはおおきな光から個々に分かれた

それぞれが小さな微細な光なのだという。

では、その光を生み出すおおもとは

この果てしなく続き、

無限に広がっている大空なのかもしれない。

私たちは、いつしかその大空へ

帰る事を常に夢見て

誰しもが大空へ向かう

旅人なのだろうということを

この言葉から読み取れるのである。

太字「エンライトメント:OSHO」市民出版社より抜粋

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2009年9月 6日 (日)

大空への旅路(1)

人は

大空に焦がれ

大空に憧れる

いつか 自分も

大空に飛びたてますように‥

と、

こころのどこかで

想っているのかもしれない。

それ以上に

いつかこの

どこまでも奥深く

澄んだ蒼い空に

溶け込む日がやってきますように

そう‥

ただ願っているだけなのかもしれない

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2009年9月 1日 (火)

形なきもの

形なきもののなかに

真実がある

人の想いというものは

その善し悪しに関わらず

大きな川をせき止める

ひとつの塊となって

水の流れを滞らせてしまう。

その塊は

勢いづいた水流に押し戻され

自分自身を削り取ってしまう

形なきものでいよう

この苦しみから開放されるのは

我が塊をなくすことでしかない

私たち人間は

この塊を大きくするがために

現実の生を歩んでいる

形ある、すべてのものは

大河の流れに押し流されていく

そして、

徐々に小さくなり

やがて、

一粒の砂塵と化していく

真実は

形なきもののなかにある

形なきもののなかにこそ

永遠がある

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