忠告
あなたの忠告がしっくりくる人たちだけに忠告しなさい。猿には決して忠告しないこと。さもないと、猿はあなたの家をめちゃめちゃにしてしまうだろう。
敵をつくりたくなかったら、けっして誰にも忠告などしないことだ。
「真理のひびき:平河出版社」
人に対して、忠告するときは、まず、相手に聞き入れる耳があるかどうか、猿には忠告してはいけない。というのは相手に聞く用意がない場合という意味だ。これは特に相手の短所を指摘する場合、お互いの関係が親密なものかどうかがカギとなる。したがって私たちがいつもよく犯す過ちは、相手と親しくもないのに、相手のことをよく知りもしないで忠告したがる傾向にある。忠告が外れれば恨みを買うし、当たっていれば逆に逆恨みをかわれてしまい、どの道良いことはひとつもない。
相手のことを想って言っていると、自分は思うのだが、そういう自分はいったい何さまのつもりなのか? そもそも相手と親しく関われば関わるほど、適切な忠告をしようと思えばためらってしまうものである。
ものごとは単純ではない、ひと一人ひとりにそれぞれの歴史がある。その場から適切な助言を相手に示すことは、優越感の強さにに応じて難しくなる。
相手の心の流れとひとつになれれば、そのとき適切な忠告が示される。しかしそれは、本当に相手の懐に入っているときだけなのだ。だから、よっぽどでないと、忠告はしてはいけない、ではなく自分が謙虚になればなるほどできないのだ。
その人と共につぶれてしまうのも厭わない覚悟があれば、その忠告はより的を得たものになるだろう。それこそ、敵も味方に変えるだけの力強さがそこにはある。
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コメント
こんばんは☆
こちらの記事が、あまりにも今の私に適切で、一言お礼が
言いたくて、コメントさせて頂きました。
どうしてこうなったのかな。。という事があるのですが
謙虚さを忘れていたこと、
そして相手の心と同じところにいるわけではなかったことに
気がつけました。
本当にどうもありがとうございました。
投稿: aquacrystal | 2008年11月16日 (日) 01時03分