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2008年8月30日 (土)

両極性(1)

あなたが幸福なときには、それを神の祝福として受け取りなさい。逆に不幸なときには、それを神の試練として受けとめるのだ。

ものごとは後になってよくわかることがある。「なんであんないい人が不幸になったりするんだろう」とか、「神様はどうして私に試練ばかりをお与えになるのですか?」とか「あの人ばかりがどうしていい目にあうのですか」とか疑問に思ったことはないだろうか。

人生は一見、不平等のように思える。しかし、人はそれぞれ乗り越えるべき壁が違っているのでそのように見えるだけのことが多い。人はそれぞれ、その試練の大きさによって乗り越えた時の成長の大きさの違いもそこに見出されるものだ。すべてにあてはまるとは言えないが‥

もし状況と渡りあうだけの成長した精神がなければ、何が何だかわからないままに、祝福されたかと思うと悲惨な目に遭ったり、悲惨な目に遭ったかと思うと祝福されたりー 私たちはボールのようにはね返りつづけるだろう。だから心のなかで、あることには別のことが後に続くと覚悟し、いつも感謝の気持ちをもって生きるなら、もはや私たちにとって悲劇は悲劇でなくなり、祝福も祝福ではなくなる。そしてついには、すべてが正しくかつ究極的なものとなるだろう。これが不動心というものだ。この心境においては、人はこのうえもなく解放されて生きることができるから、その人にとって何ひとつ問題はなくなる。

覚えておきなさい。あなたが幸せすぎるときにはあなたの心はつぶれかねないし、逆に悲しすぎるときにもあなたの心はつぶれかねないのだ。

[真理のひびき:ヨーギ・バジャン(平河出版社)」より

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