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2008年7月16日 (水)

嫉妬と愛

前回紹介の書籍から、探究者の質問に和尚が答えました。

以下、「タントラの変容:市民出版社」より

タントラの変容―サラハの王の歌

愛する和尚、なぜ嫉妬はいつも、影のようにつきまとうのですか?

嫉妬は愛とは関係がない。実際、あなたの言うところの愛もまた、愛とは関係がない。その意味も知らず、その意味を体験したこともなく、あなたが使っている美しい言葉がある。あなたは愛という言葉を使い続ける。あまりにもその言葉を使いすぎて、自分がまだ愛を体験したことがないという事実を忘れている。それは美しい言葉を使う危険のひとつだ。`神゛゛愛゛゛ニルバーナ゛゛祈り゛といった美しい言葉を。あなたはそれらを使い続ける。それらを繰り返し続ける。少しずつ、まさにその繰り返しが、さも自分が知っているように感じさせる。

 愛についてあなたは何を知っている? 愛を知っていれば、こんな質問できない。愛において嫉妬は顕われないからだ。だから嫉妬が顕われているなら、愛はない。嫉妬は愛の一部ではない。嫉妬は所有の一部だ。所有は愛とは関係がない。あなたは所有したいと思っている。所有することで、あなたは強さを、自分の領域が大きくなったと感じる。他の人があなたの領域を侵害しようとすると、あなたは怒る。あるいは他人が自分の家よりも大きな家を持っていると、あなたは嫉妬する。‥愛していれば嫉妬は不可能だ。まったく不可能だ。

あなたは実のところ、あなたの女性、あなたの男性、あなたの友人と愛にない。愛にあれば、彼または彼女の幸福は、あなたの幸福でもある。愛にあれば、どんな所有も生み出さない。

 愛は完全なる自由を与えることができる。愛だけが、完全なる自由を与えられる。自由が与えられなければ、それは何か他のものであって愛ではない。それはエゴイスティックなトリップの何らかの型だ。

あなたは尋ねる「なぜ嫉妬はいつも、影のように愛の後についてくるのですか?」

絶対にない。愛はまったく影を作らない。愛はあまりにも透き通っているので、影はできない。愛は固形物ではない。愛は透明性だ。愛から影は一切生まれない。愛は影を作らない地上で唯一の現象だ。

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