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2008年6月21日 (土)

男と女(2)

受動性と能動性

生物学的な身体構造の違いから、女性は受動的であり、男性は能動的であるということが言える。

女性的な精神は、受動的であるために、いつまでも「私待つわー」と言えるし、実際にいつまでも待っていられる。ものごとが起こるままに任せるためにそれは無気力や怠惰な状態を惹き起こしかねない。彼がやってくることを、そのうち私のほうにやってくるわと呑気に構えているのが好ましくない受動性なのだという。

好ましい受動性とは、注意深く、意識を研ぎ澄ませながら待つということ。彼が来るのを今か今かと目を戸口に釘づけになり、耳をとぎ澄ませて待っている状態をいう。そのときの彼女は生き生きしている・

男性的な精神は散乱であり能動的だという。男性の精神は絶えず周囲に気をそらしている。例えば彼はこの女、あの女と恋人を次々に変えてゆくが真実の愛に触れることは決してない。心から身をゆだね合うことがなく、表面的な付き合いで終わる。せいぜい肉体と肉体の性的なふれあいにとどまっている。

これを好ましい方向に向けると集中した活動、一心不乱な活動に集中するのだという。

女性的な精神は一人の男で満足し、どこまでも一途に掘り下げてゆく。そのため、一人の男性に時間をかけてまごころに触れ、魂にふれてゆくのである。女性的な精神には待つという質がそなわっているため時間をかけて相手と理解しあってゆくのである。

これを一人の人間が両性の精神の良い側面を取り込んだらこういうことになる。

前著:黄金の華の秘密より

「活動的になりすぎてはいけないし、怠惰になりすぎてもいけない。穏やかに活動し、いきいきとくつろぎなさい。中間にとどまるがいい。あなたの行為には待つという質がそなわらなければならないし、あなたの待機には活動の質がそなわらなければならない」

周りの異性から学ぶことは、そこから自分の内面にある異性を引き出すきっかけになるということ。そして、相手を変えるのではなく、自分が変わっていくことでひとは進化を遂げていく。

いいかね、そこには二つの出会いがある。最初の出会いはあなたの内側にいる男と女の出会いであり、第二の最終的な出会いは、全一で円満な人間としてのあなたと<全体>との出会い、究極の出会いだ。それは永遠のものだ。ひとたびそれが起これば、あなたは死を超える。それが元に戻ることはありえない」

永遠の生の道のりは果てしない。

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