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2008年4月19日 (土)

友愛

 最近政治家に失望している人は多いと思います。けれど、そもそも政治家に何を期待するつもりなのか? いったい誰を信じて生きていこうとしているのか? 人を信じる前に自分自身を信じることから始めないといけない。自分を心から愛していかないといけない。そこからしか、本当の人との友情、信頼はあり得ない。責任を取る気持ちもない人たちに頼るのはもうやめませんか? 自分の人生に責任を取る用意のない人は、その責任を他の誰かに頼ることで安心を得ようとしています。自分の中のこの奴隷になりたがる傾向を深くみつめましょう。

前著「ニューウーマン誕生」からまた紹介します。

「覚えておくべきもっとも大切なことは、人は独りでいることができないから友達がいるということだ。そして友達が必要である限り、人は大した友人にはなれない。というのは、その必要性が相手を対象物にしてしまうからだ。

友達はあなたを必要としている。彼は自分ひとりでいるのが恐い。あなたは彼を必要としている。自分ひとりでいるのが恐ろしいからだ。ふたり一緒にいれば、その孤独が消えることになると思うかね。それはただ足し算されるだけだ。もしかしたら、掛け算になるかもしれない。だからこそすべての関係は、より多くの惨めさと、より多くの苦悩に導くのだ。

自分が独りであること、空虚であることを受け入れた瞬間、その質そのものが変化する。それはまさにその反対になる。ありあまるほどの豊かさ、充足、エネルギーと喜びの氾濫になる。この氾濫からあなたの信頼が生じるなら、それは意味をもつ。

独りでいることのできる者にしか、友人になることはできない。だが、それは彼にとっては必要性ではない。それは彼の喜びだ。それは彼の飢えではない、渇きではない。彼が分かち合いたいのは、溢れ出る愛だ。

そのような友情が存在するとき、それは友情と呼ばれるべきではない。なぜなら、それは全く新しい次元に入ったからだ。私はそれを友愛と呼ぶ。それは関係を超えた。なぜならあらゆる関係は、何らかの意味における束縛だからだ。それは、自分を奴隷にし、他人を隷属させる。友愛は、どんな条件もなく、どんな期待もなく、何の見返りも、感謝さえも望まない、ただ分かち合うことの喜びだ。

友愛は、もっとも純粋な愛だ。」

先達の教えを噛みしめて、共に歩んでいきましょう。

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コメント

私からすると、少し難しい部分もありましたが、深いですね。
”なぜならあらゆる関係は、何らかの意味における束縛だからだ。それは、自分を奴隷にし、他人を隷属させる。”
私も偉そうに言える立場ではありませんが、この言葉、今の社会に結構根付いてるのかなぁ…?と感じてしまったり(^^;)
人との関係は難しい。。。(苦笑)

投稿: | 2008年4月21日 (月) 23時03分

遊さん、コメントありがとうございました。
この世の関係は必要ということと同義語のように思われます。
友愛という次元の愛は私たちがもっと成熟したときになってみないと理解できません。ただ、それは幸や不幸を超えている至福の境地だということはいえると思います。

投稿: 翼猫 | 2008年4月24日 (木) 05時59分

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